みんなに伝えたい、こと・もの・ひと。
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『モリー先生との火曜日』
死を意識することは、今を感じること。
その大切なことに大半の人が気が付くのは、残念ながら、人生というレールの終わりが見えたときだ。

何かを言い訳に、毎日、人は時間を浪費する。
1日の終わりに、ほんの少しだけ後悔の念を感じながら。

いったい、何がそうさせるのだろう。

「死ぬって言うことはね、悲しいことの一つにすぎないんだよ。
不幸な生き方をするのはまた別のことだ。
ここへ来る人の中には不幸な人がずいぶんいる」

なぜでしょう?

「そう、一つにはね、われわれのこの文化が人びとに満ち足りた気持ちを与えないってことがある。われわれはまちがったことを教えているんだよ。文化がろくな役に立たないんなら、そんなものいらないと言えるだけの強さを持たないといけない。自分の文化を創ること。多くの人はそれができない。私よりよっぽど不幸だよ。−こんな状態の私より。
もうじき死ぬとはいっても、私のまわりには愛してくれる人、心配してくれる人がたくさんいる。世の中にはそう言える人がどれだけいるか?」

これを読んで、先日の同期との会話を思い出した。
ワールドカップ オーストラリア戦の日、夜残っている私に同期の男の子が「ワールドカップ見ないの?」と聞いてきた。
「うん。興味ないから」
そう答えた私に、彼は冗談めかしてこう言った。

「いいなぁ〜、興味ないってはっきり言えて。」

半分皮肉なのだろうとは思う。
(彼のことは好きなので、しばしばはっきりものを言い、私は彼を困らせる)

ただ、皮肉だけでは終わらない何かも、私はその言葉に少し感じた。
こんなに日本中が熱狂している(とメディアは言っている)中、「興味ない」と他の人の前ではっきり言えない人もいるのかも知れない。
“文化”が、人をそうさせるのか。
大衆の作り上げた“文化”が、人の心を無視させるのだろうか。

だとしたら、それはとても悲しい。

雑音が多い中で自分の心に向き合うことは、とてもエネルギーがいることだ。
「強い意志」と、「自分を認める勇気」と、そして「一人になれる場所」が必要になる。

できるだけたくさんの人にこれらを持っていて欲しい。
いつもそう願わずにはいられない。


でも老化がそれほど価値のあるものなら、なぜみんな「もう一度若くなれたら」なんて言うんでしょう?「65歳になれたら」なんて聞いたことないですよね。

モリーは笑って言った。
「それはどういうことだと思う?人生に満足してないんだよ。満たされていない。人生の意義を見いだしていない。だってね、人生に意義を認めていたら、逆もどりしたいとは思わないだろう。先へ進みたいと思う。もっと見たい、もっとやりたいと思う。65歳が待ち遠しくてたまらない。」

考えてみた。
私は、過去に戻りたい?

答えは「No」だった。

常にその時の精一杯で生きてきた。
小学校で男の子に混じってドッジボールをしていたときも、
中学校で毎日バスケの練習をしていたときも、
高校で毎日クラスメートをうらやんで過ごしていたときも、
大学で素晴らしい出会いを幾つも体験したときも、
私は常に精一杯生きてきた。

そのどれが欠けても、今の私はない。

これが人生の意義を見いだすということかもしれない。
私は幸せだ。

そして私はもっと幸せになる。
だって、みんながつないでくれた命だもの。

「人間は、お互いに愛し合えるかぎり、またその愛し合った気持ちをおぼえているかぎり、死んでもほんとうに行ってしまうことはない。つくり出した愛はすべてそのまま残っている。思い出はすべてそのまま残っている。死んでも生きつづけるんだ。−この世にいる間にふれた人、育てた人すべてのこころの中に

声がかすれてきた。しばらく休止が必要なしるしだ。
ぼくは鉢を出窓にもどし、テープレコーダーを止めた。その前に、モリーが最後に口にしたセンテンスはこれ。

死で人生は終わる、つながりは終わらない


モリー先生との火曜日
モリー先生との火曜日
ミッチ アルボム, Mitch Albom, 別宮 貞徳
未来は心の中に
トキオは、ある状況の中で過去に跳ぶ。
そこで出会ったのは、自らの人生に絶望しかけていた拓実という少年、−将来自分の父親となる人物だった。

「あんた・・・あんた一体この手紙のどこを読んだんだよ」
トキオが顔を歪め、拓実の襟首を掴んできた。かなり強い力だった。
「どんな思いであんたのお父さんがおかあさんのことを逃がしたと思う?最後の言葉を読んでないのか。今この瞬間でも僕は未来を感じることができるから− この言葉の意味がどうしてわからないんだよ」

好きな人が生きていると確信できれば、死の直前まで夢を見られるってことなんだよ。あんたのお父さんにとって、おかあさんは未来だったんだ。」

「明日だけが未来じゃないんだ。それは心の中にある。

「文句ばっかり言って、自分で何かを勝ち取ろうともしない。
あんたが未来を感じられないのは誰のせいでもない。あんたのせいだ。」


「あたし、あの時の拓ちゃんに自分の姿も見たんだ。ついてなくて、何をやってもうまくいかなくて、そのうちにすっかり卑屈になってる自分に気づいた。
で、拓ちゃんのことをそんなふうにしたのも、きっとあたしなんだよ。
二人はもう一緒にいたって仕方がない、そう思った。
別々に何かを始める時がきたのかもしれないってね。」

〜『時生』 東野圭吾〜

未来・・、想い・・、未来は心の中に・・、
魂のつながり・・、鏡・・、全ては自分を映すもの・・・

この本を読んで、そんな言葉たちを連想した。

時生
時生
東野 圭吾

+ + +

当たり前のことを当たり前に・・、今を生きる・・、プロセスを楽しむ・・、
「死を考える」=「よく生きる」・・、言葉に込められた想い・・、
体の触れ合い、心の触れ合い・・、自分が大切にしたいもの・・・

浜之郷小は、先生が子供に「教える」という、従来の学校から転換し、子供も先生も共に学び合い、育み合う「学びの共同体」づくりを目標としていた。
その企画から実施までの“総合プロデューサー”が、大瀬敏昭さんだ。
茅ヶ崎市教育委員会の指導課長だった時から学校づくりを進め、開校時に校長になった。
「当たり前のことを当たり前のようにやる」という浜之郷小の革新的なスタイルが、やがて不登校だった子供たちを学校に呼び戻し、子供を通して保護者たちも変わっていった。


‘開学宣言’だった。その実現のために六つのことを掲げた。
〜和づ、実験的精神を持って学校をつくろう。
学校運営に参画しよう
(・・・中略・・・)
大瀬さんは、最後にこう呼び掛けた。
「そして何よりも、学校づくりのプロセスを大いに楽しみましょう。」


「死は怖い。でも、一日一日を大事に生きようと思ったのは、がんになってからです。

死を考えるということは、生きるということを考えることです。


席に戻った子供たちに、上園先生はヤギの赤ちゃんと人間の赤ちゃんの共通点を尋ねた。
小さい。目も、鼻も、耳もある。眠る。飲む・・・。
黒板に貼った模造紙に、子供たちから出た言葉が並ぶ。
左隅の男の子が、「跳ねる」と言った。他の子供たちから笑い声が上がる。
「まだ跳ねないよ」
上園先生はここぞとばかりにフォローした。
「あなたは、赤ちゃんヤギが元気に跳ねるようになってほしいという希望を言ったのですね」
男の子が大きくうなずいた。


子供たちは歌いながら、一年生から順番に体育館を退場していく。
大瀬さんは、子供の顔を一人ひとり見つめた。
しっかりと、記憶に刻み込むかのように。
赤いトレーナーの女の子が、開いた右手を差し出すと、大瀬さんも右手を出してそっと触れた。手をつないでじゃれあう三人の女の子たちには、首を傾けながら、顔をのぞき込んでほほえんだ。グレーのトレーナーの男の子に近づき、左腕をつかむと腰をかがめて、耳元で何かささやく。はにかみ、うなずく男の子の肩を、大瀬さんはポンと軽くたたき、送り出した。
子供たちが再び、大瀬さんと笑顔を交わすことはなかった。


風に乗って、タンポポの種のように舞い上がった「郷小っ子」たち。
浜之郷小学校で培ったものを中学生活で活かしながら、将来への夢も膨らませている。
中学二年の女子生徒は、担任の先生とうまくいっていなかった。
五月中旬、授業後に教室で泣いていると、友達がずっと寄り添ってくれた。彼女も浜之郷小出身だった。
清掃の始まりを告げるチャイムが鳴り、その友達は当番だった体育館に急いだが、時間に遅れてしまった。
「何で遅れたんだ」
「友達を慰めていました。清掃より友達のほうが大切だから」
「世間からしたら、清掃の方が大切だ!」
そう言われても、その子の気持ちは変わらない。
「先生に怒られてもいいから、私は友達が困ったときはそばにいてあげたい」

〜『いのちの授業 がんと闘った大瀬校長の六年間』 神奈川新聞報道部〜

いのちの授業
いのちの授業
神奈川新聞報道部
『「へんな会社」のつくり方』
「へんな会社」のつくり方
「へんな会社」のつくり方
近藤 淳也

お風呂場で一気に読みきった。
1時間ずっとお湯につかりながらだったから、のぼせてしまった。
少しフラフラしながら、のぼせすぎないよう途中何度も立ったり座ったり。
そこまでしてってちょっと自分でも呆れたけれど、でも途中で読むのを止めたくなかった。

とても、気持ちの良い本だった。

私がやりたいと思ったこと、全部してる。
そう思った。

・社内の情報共有を徹底してやる。
 (“はてな”では社外のユーザともそれをする)
・家族と仕事の話をする。
・仕事の環境を重視し、働きやすいよう変えていく。
 (フリーアドレス、合宿、移動オフィス、会議は立ったままで)
・状況に合わせ、常に見直す。全てを。
・他の会社で1日過ごしてみる。他を知る。自分を知る。
 (“交換オフィス”という名前で、3人ほどの社員を他社と交換する)

私が彼と違うのは、やったか・やっていないか、だけなのだろう。


読みながら、思い出した。
大学時代に取り組んだゼミフェアも、アントレプレナーセミナーも、学フェスも、全部自分たちが最初だった。
前に道はなかった。
助言と共に導いてくれる大人はいたけれども、どれも同じものは前にはなかった。
そんなことを思い出した。

これが何を意味するのかは、まだわからないけれど。


途中、「ユーザの声を聞かない組織」の事例として出てきた図書館での話。
とても共感した。
いつもより暑い日に、28度設定の温度を少し下げてくれとお願いした利用者に対し、「前例を変えるのは・・・」と頑なに拒否する館長。
近藤さんはそれを見て、(彼は、そして自分たちは何を守っているのだろう)と思う。
そして自分もいくつかの提案を持ってお願いしに行こうかと思ったが、でも彼はそれを実行に移さなかった。

僕は、「エアコンの設定温度ではなく、閲覧席に温度計を置いて温度計で28度に保つようにしたらどうでしょう」とか、「空調費が問題になるのであれば、館内にいる人からその分徴収して今日だけ特例を認めることはできませんか(100円くらいなら払います)」という意見を言いたいと思いました。でも言いませんでした。
我ながらそれなりにまっとうな意見だったと思います。意見を言わなかったのは、「どうせ言っても聞いてもらえなさそうだ」というどうしようもない諦めがあったからです。
図書館の司書さんはいつもカウンターにいますし、館長も呼び出したら出てきてくれます。でも意見を言う側にとっては、窓口がそこにあることよりも、まっとうな意見が聞き入れられるかどうか、という組織の体制の方がよほど重要です。

これは、日頃何度も様々な場所で実感していること。
「どうせ言っても聞いてもらえないし・・。」
そう思い、表面的な意見を言うに留まる機会は多い。
その行動は、過去に受け止めてもらえなかったという記憶がもたらすもの。
意見を採用してくれたかどうかではなく、ただその意見に耳を傾け、真剣に検討してくれたかどうかという記憶がもたらすもの。

いつも諦めている人がたくさんいる組織は、なんか悲しいよね。。


本の最後の方にある「おわりに」に、励まされた。
シンプルで、素敵な言葉がたくさんある。

良いと思ったら、試してみよう。
うん、試してみよう。
宗教に対する抵抗感
日本人はなぜ無宗教なのか
日本人はなぜ無宗教なのか
阿満 利麿

表紙裏のまえがきより
いまや日本人は自分たちを「無宗教」と規定してなんら怪しむことがない。
しかしほんとうに無宗教なのだろうか。
日本人には神仏とともに生きた長い伝統がある。
それなのになぜ「無宗教」を標榜し、特定宗派を怖れるのか?
著者は民族の心性の歴史にその由来を尋ね、また近代化の過程にその理由を探る。
そして、現代の日本人にあらためて宗教の意味を問いかける。

にいさんがmixiでレビューを公開しているのを見つけ、タイトルにとても惹かれるものがあったので、読んでみた。
想像よりとてもおもしろく、先日の仏教ルネサンス前に読んだので、良いインプットになった。

それにしても、私が宗教の本を読むなんて、少し前まで想像もしなかった。
おもしろいことに、私自身のこの考えそのものが、この本が述べるところに非常に共感した理由にもなったのだけれど。

「宗教」という言葉は、この本で言うところの「創唱宗教」を連想させる。
新宿の交差点などで見るからにアルバイトであろうおじさんたちがスピーカーを持って説教テープを流している、あれだ。
あまり、良い感じはしない。

そのような「創唱宗教」団体の一員だと思われるのがいやで、多くの日本人は自分は無宗教だと答える。
そして私もその1人だった。

はっとすることが何度もある内容だった。

近代日本になり、なぜ日本人が「宗教」から遠ざかるようになってしまったのかが、わかりやすく書いてあった。
しかしながら生まれた以上、この世に生きる意味を見出さなければ、生きていくのは難しいと、そのために宗教は必要となってくると著者は唱える。
宗教の存在意義は、この辺にあるのだろう。
飯田先生の『生きがいの創造』が多くの人に求められたのも、同じ理由だと思う。
人は、自分がなぜ生まれたのかを知りたいのだ。

私の、「宗教」というものに対する見方が少し変わった。
『数字は見るな!』
そうそう、ちょうど1週間前の土曜日だった。
企業価値評価セミナー再受講のために汐留ヴィラフォンテーヌに行き、ホテルのロビーでこれを読んだのは。

数字は見るな! 簿記があなたの会計力をダメにする
数字は見るな! 簿記があなたの会計力をダメにする
田中 靖浩

公認会計士、そして時々“元・公認会計士”になる田中さんの新刊。

以前田中さんはこんなことをおっしゃっていたけれど、この本にも全く同じことが言えると思う。
田中さんの、「みんなで“健全な成長”をもっと大切にしよう!」という想いが溢れた本。
だから、読んでいてとても心地よかった。


私の心に特に響いたところを、少し引用。
たしかに競馬新聞には芸術的と言えるほど、大量の情報がコンパクトに凝縮されています。
(中略)
彼は競馬新聞の素晴らしさに感動し、こんなことを訊いてきたのです。
「みんな、どこで競馬新聞の読み方を習うの?
・・そんなことまじめに聞かれてもねえ。思わず答えに窮しました。
競馬場のオジさんたちは決算書より難解な(?)競馬新聞の読み方をどこで覚えるのか?
うーん、これは答えに困った。「なんとなく」あるいは「いつのまにか」読めるようになった−そうとしか答えられないんですよ、正直なところ。
ただ、みんながどうして競馬新聞が読めるようになるのかはハッキリとわかります。
それは競馬場にいる人たちがみんな、「競馬が好きだから」


先日私が開催したソースワークショップに思いっきり通じるところ。
そう、人って自分の好きなこと、ワクワクすることしかできないんだよね、結局。
だから自分のワクワクを探すことが、まずは大切なのです。

人が何かを学ぶ場合であっても、興味と好奇心は最も重要なエンジンです。
これがないと車は走り出しません。
講師の仕事というのは、とにかく興味と好奇心の喚起に尽きると思うのです。
それさえ持つことができれば、みんな自分で勝手に走り出しますから
数字を学ぶ場合、何が問題かって、個人の生活から会社にいたるまで、興味と好奇心を持ちにくい状況ができあがりすぎている、ということです。




あと、読んでいる最中、かなりの割合でニヤニヤしながら読んでました。
だって・・おもしろいんだもん(笑)

「ゲイ・オカマ・ホモ」よりむずかしい「財務・会計・経理」の区別

この項目見たときなんか、思わず噴出しちゃったし。
1人ロビーで怪しい人になってた気が。。。



まぁまぁ、とにかく読んでみてください。
日本で育った人の多くが持つ、数字の苦手意識が取れます。
お楽しみに。



追伸:
本日から1週間程、ちょっくら海外に逃亡してきます。
運よくネットカフェに遭遇することができれば、もしかしたら更新するかもしれません。
メールいただいている方々、そういうわけで返信遅れてすみません。
帰ってきたらゆっくりお返事書かせていただきますね。
では、行ってきます!!
のだめ
なるがあまりに絶賛していたので、ふと思い立ってまんきつで読んでみた。

のだめカンタービレ #16 (16)
のだめカンタービレ #16 (16)
二ノ宮 知子

残念ながら最新巻の16巻はなかったけど、3時間で15冊を読む。
なるの言う通り、おもしろかった。

読んでいる間、なんか元気をたくさんもらった気がする。
最近体調崩したせいか、いまいち気分も低調だったんだけど、
元気になろうって思えた。

なる、ありがと。
バンガロールにも無事着いたようだし、いよいよインド生活が始まるね。
たっくさん楽しんでね。
『ハイ・コンセプト』
伝言を兼ねて、以前ローカルで書いた書評を掲載。

Takataさん、
今日は会っていただいてありがとうございました♪
ご紹介したかったのはこの本です。
関学図書館にもあればいいですねー。
でももし無ければ、ぜひリクエストしてください(笑)

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
ダニエル・ピンク, 大前 研一

これもたくさん折り返した本。
読んでて気持ちよかった。
私が最近重要じゃないかって思っていることが、そのまま同じ価値観で捉えられていたから。
右脳の重要性とか、「議論より物語」とか、「論理ではなく共感」などなど。
でもじゃあ左脳はどうでもいいのかっていうと、決してそうではなくて、結局はバランスなんだけどね。
ただ、これからは右脳を軽視する時代ではないってこと。
おもしろくなりそうだ。

『生かされて。』
イマキュレー・イリバギザ,スティーヴ・アーウィン
PHP研究所
¥ 1,680
2ヶ月ほど前に買っていたこの本。
ルワンダで発生した歴史的な大虐殺における実体験を、
数少ない生き残りの1人として、
イマキュレー・イリバギザという女性が綴っている。


アマゾンで買ったものの、他の本たちに埋もれ、
少し存在を忘れかけていた頃に
Jarがブログで感想を書いているのを見つけた。

タイミングの良さに、
この本になんだかとても縁を感じ、早速読み始めた。

そして、ついさっき読み終える。



「過酷」なんて言葉では到底表せない程の逆境の中で、
彼女がどこに、どのように救いを見出し、
希望を持ち続ける強さを自らの中に育てたか、、

読んでいて、非常に学ぶところが多かった。



途中、いろんな言葉に自分の心のひだが反応した。


その中でも、一番響いたのはこの台詞。

「山も信仰で動く。
イマキュレー、しかし、もし信仰がたやすいことだったら、すべての山は動いてしまうだろう。(後略)」

イマキュレーたちツチ族の生き残りを殺そうと、
フツ族の男たちがすぐそばまで迫っていた。
「殺せ!殺せ!!」という叫び声が聞こえる。
壁1枚を隔てた隠れ場所の中で、イマキュレーはひたすら祈り続け、
いつの間にか気が遠くなってしまい、イエスが現われる夢を見る。
これは、そこでイエスが言った言葉。




うーん、、そうなんだよねぇ。
たやすいことじゃないんだよね。


この言葉に、だいぶ励まされた。


明日Jarと感想を話し合おう。
何が出てくるか、楽しみだ。
リアル
<19:00 追記>
舞台鑑賞のお誘いですが、満員御礼のため締め切りました。
間に合わなかった方々、すみません。
また次回!

---
リアル」という井上雄彦さんのマンガを貸してもらいました。
最新の6巻まで一気に読破。

やっぱり井上さんのマンガはおもしろい。
そして、深い。

スラムダンク読者にしかわからない小ネタもあって、
くすっと笑えるところもグー。



そうそう、
「リアル」と言えば、

芸能はリアルに尽きます、と以前書きました。

ご縁があって演芸を観に行った時、
このおもしろさ・場の空気は、
ブラウン管越しでは伝わらないなと実感したのです。


それ以来、落語も、その他の舞台も、
生で観ることを大切にしています。
一番の贅沢だと思うから。


さて、今回ご縁があって、「JUMP」という舞台にご招待されました。
明日日曜日12時の会に行く予定。
“アクロバティックコメディ”は初めて観に行くので、
どんなものか今から少しドキドキ。

招待くださった方によると、何名か同伴しても良いそうです。
ご招待なので、チケット代は無料。

公演名:Comic Martial Arts Performanca「JUMP」
期間:5/18〜6/24 ←注:無料なのは私が招待されたこの週末だけです。
料金:全席指定 一般 6,800円 子ども 5,000円

せっかくの機会なので、ご興味のある方がいればぜひご一緒しましょう♪
コメントでもメールでも良いので、ご連絡ください。

素敵な週末を!
この恋はどこまで続くのだろうか
「この恋はどこまで続くのだろうか」

なんて、ちょっとどっきりするタイトルですが、



この本の帯に書いてあった言葉です。

東野圭吾氏の本は、「時生」を筆頭に、読んだもの全て好きなのですが、
書店で平積みされていたこの本は、帯の言葉に惹かれて
中身も見ずに衝動買いしちゃいました。

「幸福な家庭で起きた殺人事件。
まもなく時効を迎える。
僕はその容疑者と不倫の恋に堕ちたー。

この恋はどこまで続くのだろうか。」


恋愛模様にミステリーを絡ませて、色んな意味でどきどきする展開。
おもしろかったです。
やっぱり東野氏は一気に読ませてくれますね。



さて、最近は気分が小説モードです。


これは読了後に、タイトルの真の意味に思わず唸ってしまいました。
ほんとうまいなぁ。。

それにしても、愛する人との2度の別れは、ほんと切ないですね・・。



これも最後にドンデン返しの展開が。
最後は幸福な終わり方だったのが救われました。



「『白夜行』の続編」との通説がある『幻夜』ですが、
私は先にこちらを読みました。
これがおもしろかったので、『白夜行』を読んだのですよね。


2冊とも、読んだ後、ヒロインをちょっとうらやましく感じたり。
自分の欲しいものを迷いなく求めていくところとか、ね。



さて、最近会社の後輩に、京極夏彦氏の本を勧められました。


彼の本は初めて読んだのですが、
いや、おもしろいですね〜笑

貸してもらった『姑獲鳥の夏』は映画にもなったのを覚えていますが、
こんな内容をどうやって映像化したんだろう・・?
ちょっと見たくなったかも。

作りこまれた世界に、引き込まれました。


「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
不思議な魅力を持つ京極堂の放ったこの台詞が、
今も印象に強く残っています。


さて、次は『魍魎の匣』だ〜きゃvネコ